





還暦を記念して初山登り
すでに61歳ですが、これは還暦記念としてのイベントです。59歳くらいから体調が悪かったのですが、60歳を超えて(60歳は女性の厄年だったようです)気持ちが前に行くようになりました。山登りをしてみたいと思ったのが、昨年末。10月が誕生日なので厄年を過ぎた時ですね。
なかなか機会に恵まれず、やっと3月21日に夫と一緒に行ってきました。お天気は曇り。ヤビツ峠までバスで登りそこからゆっくり歩き始めました。バスは満員状態だったので、皆さんが登るのを待って最後に出発しました。山登りって、当たり前ですが、ずっと上り坂や階段なんですね。寒いかと思って着込んでいたけれど、汗でびっしょり。(寝れてしまうと、止まった時、寒くなることを改めて実感しました。木綿のシャツは失敗)それでも、雨が降らなくてよかった。(雨具はワークマンでレインジャケットとパンツを買って持っていました)歩き出しは、きつくて、これずっと続くの?と不安でしたが途中ランナーズハイ?的な爽快感に包まれました。意外にも山頂には、10時台に到着し、自分でも偉かったなあといい気分でいましたが、これから来る足の痛みは想像できませんでした。
山登りって、降りなきゃいけないのね。
当たり前なのですが、登ったら降りる。これが大変なことだと知らず、本当の厳しさはここからでした。最初は順調でした。登ってくる人に余裕で「こんにちは」とか声かけちゃって。あと少しですよ。頑張って。降りるのはさっきに比べれば造作も無いこと。のはずだったのですが、右足の膝の内側に、違和感というよりもうすでに痛みがありました。そういえば3月友達と鎌倉瑞泉寺さんの帰りの階段下りの時も痛かったんです。あれと同じことが起こりました。まずいな。と思いロキソニンを飲んだので、そのうち効くだろうと思って、今度は速度をゆっくりにしてもらって歩き始めました。でも・・・痛い・・・休んで回復したのは最初の1回だけ。ゆっくりしても、休んでも、薬を飲んでも痛いものは痛い。見晴らし台まであと少しなのに、ケーブルカーまで後少しと言いながら。後から来る方に先に行っていただき邪魔にならないようにするのが精一杯。
そう言いつつも、一歩一歩歩けば必ず目的地に到着できる。と自分を励まして。
ようやく、大山ケーブルカーの駅の下につきました。トイレもあって、ほっとしました。湿布持っていたので、膝を一周巻きつけました。まあ、これで大丈夫でしょう。トイレから出たところで、ケーブルカー乗る?と聞かれて。私は何と答えたでしょう?
これがいちばんの失敗。「大丈夫じゃない?あと、少しでしょう?」なんて言ったのです。「それじゃあ行こうか」と言ってまた、ゆっくりと歩くことになりました。前に道が二つに分かれています。男坂、女坂。
なぜか、全く迷いもなく男坂を進んでいく夫について行ってしまいました。ネットの記事などによると多少の差はあるけれどどちらも石段が続くとありましたが、脚が痛い状態では、石段の高い男坂はきつかったです。片足に体重を乗せている時間が多い分、痛い足を庇って左脚をフル活動させていたら、最終的に左脚も前に出ずらくなり、もう、なりふり構わず後ろ向きで四つん這いでおりました。これが、痛く無い上に低い姿勢だから安定感があって良かったです。この降り方をしなかったら山を降りて来れなかったです。追い抜く方達は、頑張ってくださいね。と言ってくれたり、この石段怖いですよね。なんて共感してくれました。同じことに向けて頑張っている時は、人はみんな仲間ですね。嬉しくて感謝して心が温かくなりました。体はへとへとでしたが、気持ちが前を向けたのは、出会う人たちの声かけでした。これも、山へ行きたくなる理由の一つなんですね。
やっと降りた時には本当に嬉しかった。達成感に満ちていました。さあ、普通に歩けるぞ・・!と前に出した足の下はまた階段。ケーブルカー駅まで登っている坂を、階段で降りることになりました。
痛い!ので、普通の階段でしたが、手すりに捕まって後ろ向きで降りました。子供が階段で遊んでいるような姿を白髪のおばあさんが一人でしている光景は何ともみっともない。と周りを見回しましたが、誰も私のことを見ている人はいませんでした。まあ、そうですよね。
還暦はゼロに戻ってまた1から始まる暦を言うようです。ならば、この時の私は歩き始めの1歳です。やっと、登って帰ってきて。頑張った自分に1歳のお誕生日をお祝いです。
3時間かけて下った私に付き合ってくれた夫に感謝です。
*後で写真見て驚きました。こんなにぷっくりしていたのですね、自分。これじゃあ、膝もかわいそうだったなあ。少し重さを減らしてあげないと・・・。